心理学連邦

認知行動療法その2/TFT(思考場)療法

TFT 思考場療法は、元イースタン・ミシガン大学準教授のロジャー・J・キャラハンの提唱による認知行動療法の一種である。
キャラハンは認知行動療法とは別のメカニズムで作用するとしているが、認知行動療法の一種であるといってよい(理由は後述の条件付けの消去 を参照)。
トラウマとなった場面をイメージしたときの辛さ、SUD(主観的障害単位)を確認したあと、一定の規則に従って、目の下、脇の下などを指で軽く叩くと不安や恐怖などの症状が改善されるといわれている。
EMDR とよく似ていてEMDRのような眼球運動を組み合わせて行う場合もあるが、経絡(けいらく、血や気が流れるとされる場所)を刺激するとか、体に悪影響を及ぼす物質、トキシン(文字通りの毒物ではない)がTFTの効果を阻害するという独特の考え方など、やや神秘主義的な部分も見受けられる。

TFTで使われる用語


1-アルゴリズム

TFTを行う際の動作の順番や回数などの手順。
強迫障害、罪悪感、うつなどの症状別に、多くのアルゴリズムがあり、それぞれやり方が違う。

2-ガミュート・スポット

手の甲の小指と薬指の間に近い部分をガミュート・スポットといい、この部分をタッピングしながら、眼球運動やハミングなどの9つの動作を行うことをナイン・ガミュート治療という。

2-思考場

恐怖や悲嘆、憂鬱などを感じたり、それらの原因が存在する場所。
キャラハンは思考は一種のエネルギーであるとか、思考場は磁場のように目に見えないが現実のものであると言っているが、具体的にそれが何であるのかははっきりしない。

3-心理的逆転(PR psychological reversal)

TFTの効果を妨げる経絡の極性の逆転。
この状態になると、エネルギーの流れが悪くなったり、逆転する。
いうまでもないが、このような現象が科学的に証明されたことはない。

3-チューニング

思考場をイメージすること

4-トキシン

身体に悪影響を及ぼす塗料や繊維に含まれる化学物質、あるいは食品。
キャラハンによればアレルギーとは異なり、通常は有害とは思われていない小麦やトウモロコシなどでもトキシンの影響が起き得るとしている。
不安や鬱に悩む女性のトキシンが「コーヒー」であることがわかり、それを止めたところ、症状が無くなったとしている。
尚、コーヒーが不安やうつの原因となるという証拠は無い。

5-パータベーション(perturbation)

思考場に存在する、不安などの感情を作り出す物質。
ホルモンや脳の活動に悪影響を与えるとされる。
当然だが、そのような物質の存在が科学的に証明されたことはない。

TFT(思考場)療法入門―タッピングで不安、うつ、恐怖症を取り除く
ロジャー・J. キャラハン Roger J. Callahan 穂積 由利子
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「TFT(思考場)療法入門」のレビュー

これはTFT(思考場療法)の考案者であるロジャー・J・キャラハンの自著であり、TFTの有効性と具体的な方法について述べられている。

高い成功率と問題点

この本で紹介されているアルゴリズムの成功率は75から80%とされ、しかも一時的なものではなく、効果は持続するとされる。
対象となる症状は鬱、恐怖症、過食症など非常に幅広い。
効果があるとする根拠としてHRV(心拍変動)の改善が挙げられる。
この本を読むとTFTが完璧な治療法であるように紹介されているが、問題点が無いわけではない。

1-自己申告

本の中で紹介されている治癒したとされる事例が、キャラハンの自己申告であることは信憑性の点で問題がある。
他人の研究結果を紹介しているものもあるが、どの研究を紹介するかを決めるのもキャラハン自身なのだから、説得力に欠ける。

2-誰を治療対象としてどうなれば治癒なのか

TFTは鬱に効くとされるが、DSM−IVでは、大うつ病性障害、気分循環性障害などかなり細かく分類されていて、この本のいう鬱がどれを指しているのかわからない。「自称鬱」と大鬱病では同じ鬱とはいってもかなりの違いがあるだろう。
病的な鬱とそうでない鬱を区別するような既述もあるが、DSM−IVやICD−10など具体的な診断基準を明記しなければ参考にならない。
更に、どういう状態になれば、治癒と看做すのかについてはっきりとした定義やそれを調査する方法も決められていない。
HRV(心拍変動)の改善を治癒の根拠のひとつとしているが、TFTが効果があるのかという事とは別に、HRVが心の病の治癒の指標として適切なのかを証明しなければならないだろう。

3-追跡調査

何かの治療が持続的に効果を発揮しているかを知るためには、追跡調査が欠かせない。
また、追跡調査は自然寛解に対する反論として、あるいは、症状の種類や軽重に関係なくTFTが有効であることを証明するために重要である。
キャラハンはクライアントのその後の様子を訊ねる程度で、あまりしっかりとした追跡調査は行われていないようだ。

TFTは効果があるのか

TFTがキャラハンがいう程の絶大な効果が無いとしても、ある程度の効果があるのは事実のようである。
TFTは一人で簡単に行えるので、実際に試した人が効果があったと報告する例がインターネット上でも見られる。

TFTはなぜ効果があるのか

キャラハンの説明によると、TFTは経絡をタッピングで刺激し、思考場のパータベーションを除去することで効果を発揮するとしている。
指圧や鍼によって経絡を刺激するという治療法はあるが、タッピングやハミング、眼球運動で経絡が刺激されるというのは聞いたことがない。
更に言えば、経絡を刺激するだけなら、なぜ指圧や鍼治療ではいけないのだろう。
思考場をイメージしてTFTを行う事と、症状に苦しんでいるときに指圧や鍼治療を受けることはどこが違うのだろうか。
また、思考場やパータベーションに至ってはフロイトに通じる疑似科学といってよい。
逆にキャラハンがTFTの効果とは無関係と指摘した事の方が余程、説得力があるように感じられる。

以下はTFTの効果と関係があると考えられるものである。

1-実験者効果

実験者効果とは実験者の期待に沿って被験者が期待通りの結果を出すという現象のことである。
したがって、誰かの監督のもとにTFTを行う場合は実験者効果の影響が考えられる。
あるいは、実際には効果を感じていないのに、効果が無かったとは言い出しにくいということもあるかもしれない。
当然、これはひとりでTFTを行う場合は当てはまらない。

2-プラシーボ効果

TFTが効果があると信じることによって起きる暗示が、症状を改善させるという考え方。
キャラハンはTFTの効果を疑っている人にも効果あったとして、これに反論している。
逆をいえば、TFTを信じている人もTFTを実践しているのだから、完全にプラシーボ効果を除外できるわけではないだろう。

3-症状から気を逸らす

キャラハンは口を極めて否定するが、これがおそらくTFTが効果を発揮する最も大きな原因と思われる。
TFTでは、トラウマとなる場面をイメージすることが求められる。
だから、TFTはトラウマ体験から気を散らすという事とは正反対のことをしているのだと反論されている。
しかし、キャラハンが指摘する通り、TFTは記憶そのものを消すわけではない。
飽く迄も、イメージを維持しながら、気を紛らわせるということが重要なのである。
我々が、何か不安を感じたときに、ある動作によって気を紛らわせようとすることはよくある。
頭をさわったり、貧乏ゆすりをしたり、また、一部の野球選手はリラックスのためにガムをかむ。
それ以外にも、マッサージを受けているときや、電車に揺られているときは、リラックスして、眠気を催すということは珍しくない。
これらの行為が行われているときであっても、完全に記憶が無くなって、まともな見当識が失われるというわけではない。
逆に、ある動作をしたり、タッピングやマッサージなどの刺激を受けている場合と、そうでない場合における、「考え事をしている時の集中の度合い」が全く同じだと証明することのほうが難しいのではないだろうか。
TFTではタッピングのほかにも眼球運動(アイロール)、ハミング、独特の呼吸法などが行われるが、これらは経絡を刺激することでは無く、単に気を紛らわせる事によって症状を改善させるという事を強く示唆している。
本の中で紹介されている、本来タッピングする場所とは違う場所をタッピングしても一定の効果があるという研究結果も、やはり気を紛らわせる効果によって症状が改善するのではないかと疑わせる。

4-条件付けの消去

認知行動療法では、学習理論によって効果のメカニズムを説明する。
ある症状は、原因となる刺激、蜘蛛恐怖症なら「蜘蛛」、あがり症なら人がたくさんいる場所など、あるいはトラウマとなった場面の記憶と結び付けられて、条件付けが起きていると考える。
そのために、繰り返し症状が現れる。
これを、症状が発生しない状態と関連づけることによって症状が無くなるとされる。
TFTも同じように、トラウマとなった場面をイメージして、タッピングによって気を紛らわし、条件付けを消去するのではないだろうか。
もし、本当に経絡を刺激するだけで、症状が改善するなら、トラウマ体験をイメージする必要はないはずだ。
SUDを利用し、学習理論で効果を説明できるというのが、TFTが認知行動療法に含まれる理由である。

キャラハンは精神分析をかなり批判しているが、精神分析と類似する点も見られる。

1-他の治療法を認めない

精神分析は行動療法が一定の効果があっても、それは一時的なもので根本的には解決しないなどとして批判していたが、キャラハンもTFTは特別なのであって、精神分析はもちろん、他の認知行動療法よりも優れているとしている。
クライアントによってはTFTよりも別の治療法の方が望ましい場合もあるだろうが、その点については殆ど触れていない。

2-失敗例を失敗として認めない

キャラハンはTFTによって良い結果が得られなかった場合でも、それはトキシンのせいであるとか、心理的逆転のせいであるとしている。
これは精神分析で、治療者の分析を受け入れられないのは、「抵抗」や、「退行」のためであるとされたのによく似ている。精神分析と同様に、TFTもTFTの欠陥そのものによって失敗することなどあり得ないのだという一種の万能主義に陥っている。

3-疑似科学

フロイトが神秘主義者ではなく、精神分析を科学的なものであるとして、喧伝する意図があったことはアイゼンクほか多くの人物によって指摘されている。
この点でもキャラハンはフロイトと共通する部分が見られる。
フロイトは自説を説明するために様々な造語を使ったが、周知の通り科学的に証明できないようなものだった。
キャラハンのいうパータベーションはリビドーのような架空のエネルギーと似ているし、思考場は自我や超自我といった架空の領域と類似する。
何れも科学的に証明できないものである。
これ以外にも、経絡の存在が科学的に証明されたというもっともらしい既述もある。
指圧や鍼治療が一定の効果があることは知られているが、「気」という正体不明の物質が経絡を流れているためだというわけではない。

4-自然寛解

精神分析では、もともと治りやすい人を治療対象としていたのではないかという批判がある。
TFTにおいても、一部に重い症状を治したとする事例も紹介されているが、多くはあがり症や不安などを治療対象としている。
TFTに限らず、ある治療を受けて効果がある人はもともと治りやすい人なのではないかと考える人もいる。
それどころか、何もしなくても自然寛解するという事例もあるとされるし、何かの症状が出現する場合には、良くなったり、悪くなったりの波がある。
このような批判に反論するためには、症状が長く続いている場合でも成功率に殆ど影響しないこと、また、追跡調査によって症状が再び現れることが無いということが証明されなければならない。
この本ではTFTによって、長年続いていた症状が無くなったという事例も紹介されてはいるが、症状の時間的長さと成功率の関係を示すようなデータは載っていない。
もし、統合失調症や大鬱病をTFTによって治療することが出来るなら、自然寛解に対する批判に耐えることができるのではないか。
というのも、統合失調症や大鬱病がただ放っておくだけで自然寛解するとは通常考えられていないからである。
残念ながらこの本には診断基準不明の鬱にTFTを行う例はあるが、統合失調症に試した例は無い。
邪推すれば、やはり治りやすい症状のみを治療対象としているか、あるいは統合失調症や大鬱病では薬物療法が主流となっているために、TFTが効果を発揮すると主張すれば、強い反発があると考えたのかもしれない。
精神分析に対する批判と薬物療法に対する批判では温度差が感じられる。

まとめ

TFTは学習理論によって説明できる治療法で、内因性精神病のような重い病気以外のものに効果があるらしい。
薬物療法のように副作用が無いだけでなく、自分ひとりでもできるのが特徴だ。
精神科を受診するのに抵抗がある人などは、一度試しても損はないだろう。
上述したが、治療法こそ異なるがキャラハンとフロイトには共通点が多い。
精神分析を批判したアイゼンクの著書に「精神分析に別れを告げよう 」があるが、TFTにも当てはまる部分が多く、合わせて読むと参考になる。
誇張されたキャラハンの宣伝文句を鵜呑みにしなければ良書といえる。
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